熊本から気ままに山と自転車のブログ

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放牛石仏(地蔵)30A・31・23・32・18体目


放牛石仏(地蔵)30A・31・23・32・18体目
2021/10/31(日) 晴

午前中に選挙投票と買い物を済ませ、秋晴れの好天に誘われ最高気温26°の中、午後14時からポタリングに出る。目的を放牛石仏(地蔵)30A・31・23・32・18体目探訪とする。

県道31の西里小学校の北方から、国道3に抜ける道に入って直ぐの左側の町内掲示板の横に放牛石仏(地蔵)30体目(写真1参照)が鎮座する。


放牛石仏(地蔵)30体目(写真2参照)には、光背部右に「他力三十体目」、左に「願主放牛」の文字が陰刻されている。


県道31に戻り、北迫町の「寂心さんの大楠」を目標に北進し、「寂心さんの大楠」から右折して集落内を進むとY字路がある。その左側に放牛石仏(地蔵)31体目(写真3参照)が鎮座する。


石仏は側壁のない上屋(写真4・5参照)の中にある。


北迫町から鐙田を経て井芹川の谷を越えて、向坂の集落を通り国道3に出て楠野町に向かう。
楠野町の集落に入り左折した所のT字路の角に放牛石仏(地蔵)23体目(写真6参照)が鎮座する。


石仏の尊顔(写真7参照)は、陰になっていて詳細は分からないが、光背部右側に「享保・・・」の文字が見える。


楠野町から坪井川の谷に下り南進し、梶尾町の集落に上がる。甲佐神社の所から右折して南進したT字路の右手前角に放牛石仏(地蔵)32体目(写真8参照)が鎮座する。


石仏尊顔と光背部が損傷(写真9・10参照)しているが、モルタルで補修されている。地震による被害なのか、廃仏毀釈のときの毀損か、それともいたずらによるものか。


梶尾町から坪井川の谷を越えて、国道3に出て南進する。旧国道3を徳王交差点の先を右折して山室1丁目の辰昇寺(写真11参照)に移動する。山門は閉じているので中には入れない。


スチールネットのフェンスから見える石仏は、左側の光背部があるのが放牛石仏(地蔵)18体目(写真12参照)のようだ。


太陽の位置も大分低くなって来たので早々に帰途に就く。
今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)24km→放牛石仏(地蔵)30A・31・23・32・18体目→熊本(自宅)
所要時間3時間(実2.5時間) 総計24km 走行累計43,702km