熊本から気ままに山と自転車のブログ

ウォーキング・サイクリング・文化財探訪・山行のこと等を記しています。

太田六地蔵・年山六地蔵・中六地蔵・薬師堂の六地蔵


太田六地蔵・年山六地蔵・山鹿中六地蔵・薬師堂の六地蔵
2022/3/13(日) 曇

今日の最高気温予想23°今日は曇。10時過ぎから山鹿市方面へポタリングに出る。
目的地は、山鹿市菊鹿町太田の六地蔵・年山の六地蔵、時間に余裕があれば山鹿地区に移動して中の六地蔵・薬師堂の六地蔵とする。

往路は、熊鹿ロードを北へ走り、米塚から芦原橋、中川橋を渡り、国道325を横断し北進する。日渡地区を過ぎ、太田(おおだ)地区に到着する。地区入口に看板(写真1参照)がある。上内田川の扇状地風景から山村風景に変わる。


六地蔵(写真2・3参照)は、集落中心部の橋詰に鎮座する。


龕部(写真4参照)の仏像は、光背もありかなり精緻に彫られている。


説明板(写真5参照)には、「地蔵菩薩は六体の分身となって、六道で苦しむ人々の救済にあたると言われています。
六道とは地獄道・餓鬼道・畜生道修羅道・人間道・天上道の六つの迷いの世界です。
六面に刻まれた地蔵尊(檀陀・宝珠・宝印・持地・除蓋障・日光)六道の世界を表しており、人々が迷いの世界から早く抜け出して欲しいという「庶民の願い」が込められています。
このような六地蔵の石塔は南北朝時代(西暦1300年代)に多く造立されましたが、太田の石塔は江戸時代安永六年(1778)三月に、村の安全・悪疫侵入の防除・往来の安全、渡橋の安全を願って村の中央であるここに建てられたものと思われます」とある。


太田六地蔵を後にして、年山六地蔵に移動途中に目にした奇麗な桃色の花木(写真6参照)の風景。河津桜か、紅梅、白梅も見える。


年山六地蔵(写真7・8参照)は、県道18から集落へ入る路の角の土手上に鎮座する。
こちらの六地蔵は、六体別々の形のもの。


隣に神様か仏様か定かでないが座像(写真9参照)が一基鎮座する。


年山の六地蔵を後にして、山鹿市中の六地蔵に移動する。
中の六地蔵(写真10参照)は、県道301から中区公民館入口の三差路の角に鎮座する。


こちらの六地蔵(写真11参照)も、仏像は光背を持つ。台石にも中台と同じような装飾文様が施してある。


中の六地蔵を後にして、さくら湯南の薬師堂の六地蔵に移動する。薬師堂(写真12参照)は、修復工事中だった。


六地蔵(写真13参照)は、薬師堂楼門を入った左側に鎮座する。


龕部(写真14参照)は、幢身に直接乗っている。仏像は少し破損があるものの立派に残存している。この六地蔵探訪で100基を数えた。


この後、西南戦争野戦病院となった長源寺、光専寺を訪ねて、現在時刻15時帰途に就く。帰路は国道3を選択し、宮原から熊鹿ロードを走り帰宅する。

17時過ぎ帰宅する。今日も無事だったことを天に感謝する。ウクライナに平和が訪れますように!
熊本(自宅)38km→年山六地蔵44km →熊本(自宅)
所要時間7時間(実6時間) 総計82km 走行累計46,555km