2021/1/15(金) 晴
今日の最高気温18°出発時の気温15°と絶好のポタリング日和だったが、、出発が12時と遅かったので近めの菊陽町を目的地にする。
当初目的は、下津久礼日吉神社の天然記念物の楠と銀杏、鈴木重俊氏宅の木斛の3件だったが、今石城跡、六地蔵、鈴木家跡と多岐にわたるポタリングとなった。
県道207を東進すると下津久礼の六地蔵(写真5参照)の前を通る。ここは、熊本地震の一ヶ月後くらいに訪れている。

六地蔵の説明板(写真6参照)には「・・・延宝8年、村直りとともに村中に移り・・・作造年代は、室町時代(約500年前)のものと思われる・・・」とある。

下津久礼六地蔵(町指定文化財)
2016/6/9(木) 晴
今日は、所用のため午前中より出かけるが、午後、所用先からそのまま菊陽町図書館を目指してポタリングに出る。
天候は晴れ最高気温29度予報、朝方雨だったこともあり暑い。が、これも夏に向っての修練と思いペダルを漕ぐ。
今石横穴古墳を過ぎると、崖地から盆地状に風景が変わる。
そんな田園地帯の中に、スカートをはいた下津久礼六地蔵(写真3参照)が御座る。
地区の人々の心情が察せられる。
菊陽町のH.P.では、「この六地蔵は、室町時代(1400~1500)の作と推定されます。
全高2.5メートル、宝珠(最上部分)、龕部(仏を6体刻んだ部分)は、後年の作ですが、傘・中台・幢身は当初からのものです。この六地蔵は、現在地の南方約300メートル、通称「六地蔵」の辻に建っていましたが、延宝6~7年(1678~1679年)のころの再三にわたる水難のため、村移りとともに窪田八幡宮の南方50メートル、村道の辻に移設されました。さらに、昭和46年(1971)区公民館の新築移転に伴い現在地に移されました。」とある。
熊本地震で、殆どの墓石が倒れているいるなかにこの六地蔵は倒れなかったのか、いち早く修復されたのか 。

一際赤色が鮮やかなダリアの花(写真4参照)が咲いていた。

台地に上がり菊陽町役場付近を周回したが、図書館らしい建物はないので国道57菊陽バイパスを西に走る。
津久礼辺りで「杉並木公園・図書館」の標識を見て右折し、陸橋を超えると公園があり、その一角に図書館はあった。
地名辞典に少し目を通し、図書館を後にして帰途に就く。
今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)24km→菊陽町役場20km→熊本(自宅)所要時間8.5時間(実3.5時間) 総計44km 走行累計17,151km