熊本から気ままに山と自転車のブログ

ウォーキング・サイクリング・文化財探訪・山行のこと等を記しています。

明人林均吾墓


明人林均吾墓
2022/6/22(水) 晴

今日の最高気温予報は30°出発時の湿度77%の梅雨の晴れ間に、午後14時半からではあるがポタリングに出る。目的地を玉名市天水町部田野の玉名市指定史跡「明人林均吾墓」とする。

方向は北西。熊鹿ロード、県道31から吉次峠(写真1参照)を越えて西へ道を辿る。久しぶりの吉次峠への道は、汗が滴る。今日の吉次峠越は、6:4か7:3で歩きの距離が長いと感じる。
上り始め頃は山も青く眺めも良いだろうと思っていたが、峠に着く頃には雲も低くなり水蒸気で霞んできた。


Googleマップストリートビューで確認した標識(写真2参照)は、思っていた位置よりも南側にあった。
説明文には、「(前段は写真7と同意)・・・均吾はこの地方をよほど気にいっていたらしく、日本に帰化して山に住み、息子には新作という日本風の名を付けている。・・・」とある。


墓塔が見えないので少しがっかりしたが、墓塔だから高い位置にあるのでは・・・?と上部の山に目を向ける(写真3参照)と、看板と思えるプレートが見えた。


10mほど山裾を登ると、ミカン畑の隅に墓地(写真4参照)がある。


その正面に墓塔(写真5参照)がある。


墓塔と相対する位置に標石柱と説明板(写真6・7参照)がある。
説明板には、「慶長九から十二年(1604~1607)の間に五回、貿易許可証を得た人物に「林三官」がおり、マカオ・フィリピン・ベトナムなどへ朱印船を出しています。林均吾はこの林家に関係する一族と見られます。
林均吾墓は墓石の前には石で墓域を作り出し、その形状は中国風で福建省南部の様式と共通性があり、近くにある四位官郭公墓(伊倉南方)と類似しています。墓石は、上部に出身地を表す「龍郡」と彫り、「元和七年 林均吾墓 男新作立」との銘文が刻まれています。
林均吾は、その子新作が元和七年(1621)建立したものです。林均吾墓は、四位官郭公墓振倉謝公墳といった近隣の唐人墓と共に、伊倉の地が海外との貿易港として栄えたことを示す貴重な文化財です。」とある。現在時刻17時伊倉経由で帰路に就く。


19時過ぎに帰宅した。今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)22km→明人林均吾墓28km →熊本(自宅)
所要時間4.5時間(実4時間) 総計50km 走行累計49,272km